大戸屋ブラック企業疑惑。「ガイアの夜明け」の放送で批判を浴びる

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つい先日、大戸屋さんが「ガイアの夜明け」という番組で取り上げられました。

どうやらそれを見た視聴者の殆どの感想が、大戸屋はブラック企業だと感じたそうです。

大戸屋「誠実に受け止める」 ガイアの夜明けで「ブラック」批判
テレビの特集番組を受け、批判が相次いでいた外食チェーン店「大戸屋」は2019年12月12日、「ご視聴頂いた皆様からのご意見を誠実に受け止め、社員の皆さんが健全に働ける環境づくりを会社全体で取り組んで参ります」とのコメントを発表した。番組では、同社社長が店主を叱責する場面などが、「しばらく大戸屋行く気しない」と消費者の反...

会社の経営者と世間の人ではそもそも考え方も目的も違うので、恐らく一生分かり合えない存在だと思います。

長時間労働に悩む店長の声

番組の内容としては「働き方改革」の特集だったのですが、大戸屋の社長が一方的に店長を責め続けるシーンがあり、それが世間一般常識とあまりにもかけ離れていたのが原因のようです。

その衝撃的シーンを見た視聴者は、社長の言ってることとやってる事が完全にパワハラでしかないという印象を受け、しばらく大戸屋に行きたくなくなる人も続出してしまった模様です。

全国放送で視聴者がそう感じると言う事は、かなりブラックなやり方で業務を進めているのは間違いなさそうですね。

世の中には雇われて働く人の方が多いので批判を浴びても仕方ない事だと思います。

労働者とは法律で許された奴隷そのもの

何年か前のニュース記事ですが、サラリーマンは今までの歴史の奴隷より酷い待遇かもしれません。

東大教授「古代ローマの奴隷は今でいうサラリーマン」にネット衝撃 「社畜は過労死するから奴隷以下」の声も
20世紀になるまで、世界中には過酷な労働を強いられる「奴隷」が当たり前のように存在していた。現代の人間からすれば、そんな時代に奴隷として生まれなくてよかったというところだが、古代ローマの奴隷に関していえば今のサラリーマンとそんなに変わらない、という話が話題となっている。10月10日放送の「日立 世界ふしぎ発見!」(TB...

「労働は神が人間に課した罰」である

そもそも古代ギリシャでは労働は奴隷にさせていたもので、卑(いや)しいものとされていました。

「労働は神が人間に科した罰」いう前提があります。

現代の大半の方の労働は法律によってある程度労働者として守られていますが、過去の歴史を紐解けば元々は奴隷以外にやる必要のないものでした。

誰かが働いてくれなければ社会が回らないというのが現実であり、我々の生きる世界が資本主義社会である以上、もはや仕方ないことなんですよね。

生活の為に仕方なくやる事が労働である

自分で好きな事を仕事にしている人は除いて、所詮サラリーマンというものは老後に蓄える老後資金と生活費を稼ぐために仕方なくやっている人の方が多いのが現状の日本です。

結局そんな自分達を認めるのが怖くて、労働は美徳、汗水流してお金を稼がなければならないという間違った常識を皆自分に課しているのだと思います。

そうでなければ働いている人間は皆自分達の事を否定していることになってしまうからです。

労働に建前を付加させることによって、自分達のやっている事を肯定化しているのです。

そうでなければ自己を確立出来なくなるのが人間というものです。

そう考えると、やはりサラリーマンから何とか脱却して、人生の主導権を握るのを自分にしなければ現代社会では一生幸せになることはあり得ません。

サラリーマンを定年までやるのは妥協かもしれない

もはや将来設計としてサラリーマンを定年まで続けるのは人生を妥協しているのと同じ事かもしれない時代に突入しています。

年金も足りなければ、退職金も大した額も貰えない企業も増えてきました。

老後のお金については、今の自分達で何とか調達しなければなりませんし、ただ会社に定年までいても最期はお金に困ったまま死んでいく人生になるのが目に見えてるからです。

サラリーマンは自立出来ない人の証?

サラリーマンが悪いとは言いませんが、やはり人生において主導権を自分で握っていない以上、サラリーマンは会社の給料に依存しているので自立した人間では無いと言えると思います。

結局は親のスネをかじっているのも、会社のスネをかじっているのも大した差がないのではないでしょうか。

ニートや仕事をしていない人はなぜか煙たい目で見られるのが日本です。

実際には依存先が違うだけでしかないものの、働いてない人間が羨ましいからこそ批判が出るのでしょう。

自分の今やっている仕事に誇りを持ち、充実した毎日を送れているのならば、わざわざ働いてない人間を叩いたりする必要性が全く無いからです。

他人を傷付けたり批判をする連中は、自分の人生に誇りを持てず、満足いく生活を送れていないのです。

知らず知らずのうちに人間はそのようになっている場合があるので、批判や愚痴が多くなってきたら、今一度自分を第三者の目で客観的に見つめ直す必要があります。

そうであると分かれば、時間をかけてでも人生というものは自分の力でお金を稼ぐことの大切さが分かると思います。

経営者に酷使されて死ぬよりも、やはり自分の人生の舵取りは自分でしなければ本当の大人とは言えないのではないでしょうか。

現代社会の「自立」とは恐らくそのことを指すのだと思います。

そんな私もまだ自立出来ていない為、早く脱却出来るよう精進いたします。

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